木材解剖学用語集 主な変更点
基本方針
1. 現行組織用語集は、日本語読みをローマ字表記して、そのアルファベット順に用語を並べている。組織用語集改定案では、読みはひらがなで表記し、その五十音順に用語を並べた。
2. 現行用語集で一部用いられている小見出しの使用を増やして、特に関連する語を近くにおいた。小見出しの並び順は五十音順にとらわれず、用語を比較したときにわかりやすくなる順とした。
3. 現行用語集同様、英和の部を作成した。
4. 現行用語集を尊重して現行用語集の掲載用語は基本的に採用した。しかし、現行用語集で「廃」とされたものなど現代において記載する必要性が低いと判断したものは見出し語から削除した。
5. 用語によっては組織用語集と材質用語集の両方で見出し語とされているが、両用語集で定義が異なる場合がある。詳細は各用語を参照。
主な用語の変更
1. 生長->成長
かつては、植物については「生長」、動物については「成長」を用いるとされた時代があり、1956年刊行の文部省学術用語集植物学編においても「生長」が採用されている。おそらくこのことから、1972年の現行材質用語集および1975年の現行組織用語集では「生長」が用いられている。しかしながらその後「成長」への統一が図られて、1990年の文部省学術用語集植物学編(増訂版)では「成長」が採用された。1990年代以降植物についても「成長」をもちいることが定着しているため、木材学会用語集案では「成長」を採用することとした。
2. 師部->篩部
篩管要素(師管要素)等の細胞はその細胞壁にふるい状の構造が存在することを特徴とすることから名付けられている(英語でもsieve tube element)。日本語では、篩管要素等が存在する組織も篩部と名付けられている(英語では異なっていて、phloem–語源的には樹皮の意)。ところが「篩」という漢字が1946年制定の当用漢字に含まれなかったため、読みが同じ「師」が当てられ、師管要素、師細胞、師部のように用いられるようになった。
このため、1956年の文部省学術用語集植物学編では「師部〖篩部〗」(カッコの中の漢字は「当用漢字以外の漢字でも、日本植物学会で学術用語のなかに使いたいと希望するもの」)、1990年の文部省学術用語集植物学編(増訂版)では「師【篩】部」(カッコの中の漢字は「常用漢字表にない漢字を仮名書きあるいは常用漢字に置き換えるとわかりにくい場合に、その漢字を示す」)とされ、木材学会の現行組織用語集では、「"篩"の使用をさまたげない」とされた。
ところが、2017年に日本学術会議より「高等学校の生物教育における重要用語の選定について」という報告(2019年に改訂版が報告)がだされ、この中で、重要語として「篩管」が採用され、その別名・別表記として「師管」が位置付けられた。すなわち、それまでの「師」を主とした表記が「篩」を主とした表記に改められた。なお、この報告は重要語としたものの使用を強制するものではないが、「今後の高等学校の生物教育における用語使用の指針としたい」とされ、報告書には学習指導要領、教科書作成・検定、大学入試などでの使用を推奨するような記載がある。
よって、木材学会の用語集改訂においては「篩部 / 師部」等の表記をとることにした。木材学会用語集としては、どちらの漢字を用いてもよい、とすることとした。なお、上記のとおりの最近の生物学界での「篩」使用優先の傾向から、「篩」を先に記載することとした。
3. さいほう->さいぼう
「細胞」は元来「さいほう」と読むものであった(「胞」には本来「ぼう」という読みはない)。1956年の文部省学術用語集植物学編、1975年の現行組織用語集では、読みは「さいほう」である。しかし、世の中で徐々に「さいぼう」という読みが広がったとおもわれ、1990年の文部省学術用語集植物学編では「さいぼう」とされ、2022年現在では辞書などでも「さいぼう」のみが記載、あるいは主たる読みとするのが主流である(「さいほう」が従の読みとしてでてくる辞書もあるが少数派)。
よって、木材学会の用語集改訂において、細胞の読みは「さいぼう」とするものである。
4. fibre->fiber
木材学会の現行組織用語集では、繊維および関連語の英語として、British spellingのfibreを主、American spellingのfiberを従とする表記となっている。このスペリングの違いと扱いはIAWA hardwood list、IAWA softwood listでも同様であるが、IAWA bark listではfiberでの記載となっている。
一方、我が国の英語教育は、American spelling、American usageで行われることがほとんどである。
木材学会の用語集改訂においては、繊維等関連語において、fiber / fibre等という表記をとることとし、どちらを用いてもよいとして、American Englishでの表記を先にとることにした。
5. 漢字化
現行用語集では、当用漢字以外の漢字をひらがなに置き換えている用語があり、このうち、
せん孔->穿孔、内こう->内腔、間げき->間隙
の、漢字二字熟語(およびその関連語)の一部をかなとして表記したものについては漢字表記とした。腔は内腔のほかにも細胞間腔、壁孔腔の用語がある。
なお、「腔」は師部の「篩」とともに現行用語集で使用を妨げないとされた漢字である。1956年の文部省学術用語集植物学編には「内腔」は未選定だが、1990年の文部省学術用語集植物学編には「内腔」として記載されている。
同様にかな表記となっているものに、らせん肥厚、じゅず状末端壁、さや細胞などがあるが、最近の日本語一般における漢字表記の傾向を考慮の上漢字化はおこなっていない。
6. 壁孔壁 / 壁孔膜
1975年の木材学会組織用語集において、cell wallの日本語が細胞膜から細胞壁に置き換えられた。これに伴って、pit membraneを細胞壁にならって壁孔壁とするか従前の壁孔膜とするか意見がわかれたが、「壁孔壁 (壁孔膜)」として両方を使用してよいこととした。用語集改定にあたっても改めて検討されたが、発生および構造からは細胞壁の一部であることが明らかなものの、英語ではpit membraneと呼ぶことが定着していること、日本語でも植物学・植物生理学分野では「壁孔膜」としていることが多いことから、「壁孔壁 / 壁孔膜」を見出し語として両方を使用してよいこととする。なお、他の見出し語における定義の記載の中では「壁孔壁」を使用する。
7. scalariform を「階段...」から「はしご状... / 階段...」に変更
現行用語集では、階段壁孔、階段せん孔、階段柔組織について、英語のscalariformに対応する日本語は「階段」としていた。一方、scalariformは「階段」というより「はしご」に似た構造を指す語である。実際上記の構造ははしごのような状態となっている。よって、木材組織用語集案では、「はしご状...」という表記をとることとした。しかしながら、これらの用語はこれまでは「階段...」とされてきた経緯があることから、どちらの用語を使ってもよいこととし、「はしご状... / 階段...」として採用定義した。
8. 通導or通道
文部省学術用語集植物学編では、「通道組織」があるが「通導」を用いた用語はない。植物学における通道組織は水分または養分を輸送する組織である木部と師部すなわち維管束を指す。
現行組織用語集ではIAWA用語集における「conducting」に対応して一貫して「通導」を用語の定義記述に用いている。見出し語にはない。
日本語一般としては「通道」「通導」のどちらもあまり一般的ではない。植物学に関する論文等においては両方が使われているようである。
以上を勘案の上、木材組織用語集改定案では現行用語集を尊重し、「通導」を用いて記述を行った。
本件に関しては、どちらを使用することが適切であるかに関し、木材学会会員の意見を広く求めるものである。
9. 通水要素or管状要素
現行組織用語集では、IAWA用語集の「tracheary element」に対応する用語は「通水要素」であり、その定義は「木部における主要な水分通導の要素で、大体において道管要素と仮道管を指す。」である。一方、文部省学術用語集植物学編(1990)などではtracheary elementは「管状要素」とされており、植物学分野では広くもちいられている(なお、文部省学術用語集植物学編旧版(1956)にはでていない)。英語のtracheaとは人体等における気管のことであり、植物ではもともとそのような管状の構造である道管を指す用語であったと考えられる。同じ管状の木部細胞としては繊維や軸方向柔細胞も管状細胞ということができるが、本用語集における定義には一致しない。本用語集における用語は水分を通導する細胞に限定されている。
このような状況から、通水要素と管状要素のどちらを用いてもよいこととし、「通水要素 / 管状要素」として記載することとした。
本件に関しては、先の通導or通道とともに、どちらを使用することが適切であるかに関し、木材学会会員の意見を広く求めるものである。
木材組織用語集の用語の記載方法
1. 標準記載方法
用語ひらがなよみ
用語漢字
term in English
定義
(必要な場合改行して)注
2. 同義語がある場合は、改行して表記。現行用語集では同義語を「syn.」と表記していたが、「同義語:」と表記。
例:
こうへきいけいさいぼう
厚壁異形細胞
同義語: すくれれいど スクレレイド
sclereid
同義語: sclerotic cell
形態は多様であるが、典型的にはあまり伸長しておらず、厚い木化した二次壁を持つ厚壁細胞。
注: 厚壁異形細胞の形は多様で、多面体から多少細長い形状で、しばしば枝分れする。材および樹皮にふつうに見出される型は
石細胞である。このような細胞は、たとえば「sclerotic ray cell」というように、しばしば「sclerotic」という言葉で形容される。
3. 同義語のうち、どちらを使ってもよいものは、見出し語として「/」で示し、他の見出し語の定義文中では先出の同義語を使用して記載を行った。
例: 篩部 / 師部、壁孔壁 / 壁孔膜、vessel member / vessel element
また、同義語というよりも言い回しが異なるだけの場合は()書きした。
例: cambium (vascular cambium)
4. 現行用語集では、不賛成な用語を「(不賛)」、廃語を「(廃)」と表記していたが、組織用語集改定案ではこれらは原則として記載しない。かつて相当多く用いられていた用語など記載すべきであると判断された場合は、「古い用語:」として記載した。
5. 現行用語集では、英語複数形を特記する場合「pl.」としていたが、「複数形:」として記載した。
6. 英語用語は、American spellingとBritish spellingの違いを「/」で示した(American spellingを先出、例: fiber / fibre)。
7. 現行用語集では出典を「(IAWA)」、「(BSI)」などとして記していたが、出典は表記しない。
8. 現行用語集では英語用語を「Heartwood」などとキャピタライズしていたが、固有名詞を除き「heartwood」などとキャピタライズしない。
9. 現行用語集では、アルファベット順での位置が異なる場合(例: Asshuku-ate-zai → zai, Asshuku-ate)、小見出しになっている場合(例: Bunki-hekiko → Hekiko)、他の用語を参照する場合(例: 心材から移行材を参照)に「→」を用いていた。組織用語集案では、「他の箇所を見る」という指示を「→」で表記した。現行用語集では他の用語への参照を示すために「→」と「cf.」の2種類があったが、組織用語集案では「参照:」として記載した。
引用
上記「主な用語の変更」と本文の用語の解説(緑字)で必要に応じて引用したものは以下のとおり。
※「組織用語集」 現行の「国際木材解剖用語集」および改定案である「木材解剖学用語集(案)」を「組織用語集」と略称する。
「現行用語集 (現行組織用語集)」 日本木材学会 (1975) 国際木材解剖用語集 木材学会誌 21(9) A1-A21
「現行材質用語集」 日本木材学会 (1972) 材質に関する組織用語集 木材学会誌 18(3) 145-152
「文部省学術用語集植物学編」 文部省 (1990) 学術用語集植物学編(増訂版) 丸善
「IAWA用語集」 Committee of Nomenclature, International Association of Wood Anatomists (1964) Multilingual Grossary of Terms used in Wood Anatomy Verlagsanstalt Buchdruckerei Konkordia Winterthur
「IAWA hardwood list」 IAWA Committee (1989) IAWA list of microscopic features for hardwood identification IAWA Bull ns 10(3) 219-332
「IAWA softwood list」 IAWA Committee (2004) IAWA list of microscopic features for softwood identification IAWA J 25(1) 1-70
「IAWA bark list」IAWA Committee (2016) IAWA list of microscopic bark features IAWA J 37(4) 517-615
「広葉樹材の識別」 IAWA委員会 編 伊東隆夫・藤井智之・佐伯浩 訳 広葉樹材の識別 IAWA による光学顕微鏡的特徴リスト 海青社
「針葉樹材の識別」 IAWA委員会 編 伊東隆夫・藤井智之・佐野雄三・安部久・内海泰弘 訳 針葉樹材の識別 IAWA による光学顕微鏡的特徴リスト 海青社
「樹皮の識別」 IAWA委員会 編 佐野雄三・吉永新・半智史 訳 樹皮のの識別 IAWA による光学顕微鏡的特徴リスト 海青社
「Esau's plant anatomy」 Evert (2006) Esau's Plant Anatomy, 3rd ed Wiley-Liss
「Carquist Comparative Wood Anatomy」 Carquist (2001) Comparative Wood Anatomy 2nd ed Springer
「Panshin & de Zeeuw」 Panshin & de Zeeuw (1980) Textbook of Wood Technology McGrow-Hill
その他、本文の用語の解説説明中で直接引用した文献がある